【わたしは膣と子宮を「気に入られるため」に使ってきた】

150728

おまたカイロをはじめたその日、
発熱しながらわたしが思い出していたのは
過去、自分が膣を使って受け止めた男性たちの存在でした

おまたカイロで膣の細胞を温めると、
沸騰した蒸気のように、意識が昇ってくるのがわかってね

不思議だけど蒸気のようなその意識には
「色や味」のようなものがついている

もちろん五感で感じるものではなくて
意識で感じる「こころの色や味」、
まあ感情みたいなものね

その日膣から昇ってきた意識は
とても苦々しくて怒りに満ちていました

過去ここで交わってきた男性たちに
怒りと不満が
たくさんたくさんたくさん湧いて

アイツもアイツもアイツもアイツも
どいつもこいつもひどいヤツだった!とか

口じゃいろんなことを言っていたけど
結局みんなわたしから去って行った!
みんなどうしようもない男だった!とか

ものすごいご都合の良い
被害者づらした自分が出てきた

えー?
わたし彼らを大好きだったじゃん?

すっごいいい男もいっぱいいたよ?

なんていう
突っ込みはさて置いて(笑)

でも次の瞬間
それは
びっくりするほど
冷たく悲しい感覚に変わった

そして思ったのは

「あーわたしは自分の膣を
男の人に気に入られるために使ってきたなー」ということ

男性たちへの怒りは
その気づきの導入でしかなくて

奥にあった本当の気づきは
とてつもなく大きく暗く重たくて

なんか、そのことに、自分で自分に愕然とした

わたしは求められたかったんだなと思った

人に求められる自分でありたかった

そのために
自分の「女性」というパートを
ある意味、ずっと、利用してきた

言葉が出なかった

わたしはなにをしていたんだろう?

わたしはなにをしていたんだろう?

しばらく呆然とした後

そっか
わたしの膣と子宮は
そういう使われ方しか知らないんだと思った

わたし自身が彼女たち(膣と子宮)を
そういう風に扱ってきたから

彼女たちも
いまだそれが仕事だと思ってる

まさか赤ちゃんを産み出すなんて?

その役割に気づいていない

36歳
自分がこんなに未発達だなんて

ずいぶん長いこと、愛に飢えていたんだなあと思う

わたしは夫と生活をするなかで
絶対に受け止めてくれる人
何があってもわたしを見捨てない人
わたしのすることに反対しない人
というのが
存在することを知りました

本来であれば
それは母親であればいいのだろうけど

わたしに限らず多くの女性は
母親から愛されきったという感覚を
身体で持っているひとは少ないのではないかと思います

なぜって母親はもっとも身近な同性だから

同性は同性を
身体いっぱい愛することはできないのかもしれない

女性は凹凸の凹だから

母をどんなに求めて責めても
凸を持たない母との間に
本当の充足感はないのかもしれない

母への不満を
散々掘り起こし、ぶつけた後の今だから
そう思えるのですが

そして
わたしの場合
母(と父)から十分にもらえなかったものの
決定的なもうひとつが

カルシウムというミネラル

身体に、物理的にカルシウムが足りない状態で生まれきた
ことが
身体的にも心理的にも
「大きな不足感」をもたらしていたことは
確かだと思ってます

このあたりは、ホメオパシー的身体の見方

心理療法だけでは補えない部分

今後ゆっくり書いていけたらいいなと思います~

ひとつ書き出して
ひとまずはちょっとスッキリ^^

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