【 排泄が進むかどうかは身体のちから次第 】


140911

ホメオパシーについて
細々ながら(笑)みなさんの関心が伝わってきて
とてもうれしく思います。


みなさんのホメオパシーへの関心は
「いのち」への関心ですよね…
そのことがとってもうれしいです。

わたしもまだ学生の身ですし、
わからないことがいっぱいです。

「教わる」という受け身から
いま、やっと自分の頭で考え
自分の感覚で捉え始めたばかりです。

それでもこうして書き始めることができるのは
ホメオパシーを学ぶ中で
ものごとを「長期的に」捉えられるようになったから。

わからないことは…
わからないまま置いておこう

すぐに善悪の判断は下さない

不安がったり
付け焼き刃の知識でカバーしたり
知っているふりをしなくてもいい

だっていつかわかる日がくるから。

ぜひこの場でも、
答えだけを急ぐことなく
ゆっくりと「みんなで理解」を
深めていけたらいいなぁと思っています。

どうぞよろしくお願いします。

ということで今日は、
昨日の続きは置いておいて(笑)
コメントいただいたこんなご質問から
話をしてみたいと思います。

Q.
「自分で毒を排泄できなく、
体や心が病に蝕まれている人の排泄を手助けをするのが、
ホメオパシーという医学なのでしょうか?」

わたしはこのご質問から
2つのことを感じました。

1、排泄を手助けするのが、ホメオパシーという医学なのか?
知りたいのだろうな

2、体や心が「病に蝕ばれるもの」と
捉えているのだろうな

です。

まず
1、排泄を手助けするのが、
ホメオパシーという医学?について

そうだと言えると思います。

ホメオパシーは「排泄を手助け」します。

ホメオパシーでは、昨日書いた、
「ある症状を起こさせるものを、薄めて揺らしたもの」を
「レメディー」と呼び
ホメオパシー版のお薬としています。

お薬と言っても
レメディーには薬効成分はありません。

成分(物質)がまったく残らないほど
とてもとても薄められているからです。

レメディーがする排泄の手助けとは
「ここに(どこかに)、こんな、
排泄されてないものがあるよーーー!!」
と声をかけること。

声をきいた「いのち」が
どれどれ?とその場所を見に行って
または、全身をチェックして回って

あ、ほんとだ!ゴミがいっぱい!と思えば
排泄をはじめるし

見に行ったけれども
え?ゴミなんて全然ないじゃない!と思えば
なんだ~空耳か~と、
そのままスルーです。

排泄の手助けをするといっても
レメディーができるのは実はここまで。

実際に排泄をするのは身体です。

排泄には
「体液」が要りますよね。

排泄経路を
作らなくてはいけないですから。

排泄には
「労力(エネルギー)」が要りますよね。

身体のちからは限られていますから
排泄に向けるだけの「労力(エネルギー)」が
残っていなくてはいけません。

ホメオパシーは、
排泄を助けはします。

それでも排泄が進むかどうかは
身体のちから次第。

声は何度でも何度でもかけます。

でも、実際に動くのはあなた自身。

明日は
2、体や心が「病に蝕ばれるもの」と
捉えているのだろうな
について綴ってみようと思います。

※レメディの声は、身体のみならず
こころにも精神にも届きます。
それは後ほど綴ります。

☆9/14(日)ポートレイト写真セミナー☆
一席空きが出ました!
詳細はこちら

☆お話会「シンプリスト菅原笑美子的シンプルライフ」☆
10月4日(土)
13:30-15:00
(質疑応答15:30)
詳細はこちら

AD

美在塾

美在塾とは、「本気で美しく在りたい女性のための」、人間であり、女性であり、ひとつの生き物である「多層な美しさ」について、ともに学び、実践していく場所です。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です