わたしのうつの経緯、抜けたプロセス 振り返って今、うつとは何かを考える②

ここで綴ることはすべて
わたしの目から見た、わたしの景色です。

ご理解の上、お読みいただけたらと思います。

 

 

ひとつ前の記事はこちらです

 

心療内科の医師から「抑うつ状態」との診断を受け
向精神薬を服用したあの日から

わたしは「本来のうつ」から
「うつ病」になっていきました。

1996年8月、低血糖で倒れてから
身体の変調が起こり始めて
1997年5月に心療内科に行くまでの間

わたしには、
あの変な感じという「身体の感覚」が
記憶としてはっきりとあります。

けれど、心療内科に行き、
向精神薬を服薬しはじめた後の数ヶ月、
感覚の記憶はほとんどありません。

唯一思い出すのは、感覚ではなく景色。

実家の居間にただ座り、
発狂に近い嗚咽を繰り返しながら
いつも母の姿を目で追っていた景色です。

 

実はわたしがうつになる数年前
わたしの父もうつになりました。

当時、父には
自律神経失調のような症状が現れていました。

めまい、不眠、味覚障害、食欲不振、
不安、パニックアタック

当時で言う「神経症」「うつ」と診断され
わたしと同じく向精神薬の投薬を受けましたが
父はそれをほとんど飲みませんでした。

 

そのとき、会社員だった父は、
昇進をともなった転勤(単身赴任)を
打診されていました。

でも、体調不良を理由に断りました。

この状態で
家族と離れて暮らすことはできないと、
思ったそうです。

その後、父は、
鍼灸治療とマッサージに頻繁に通い、
ほどなくして回復しました。

そしてその後、
会社を辞めて独立しました。

 

その経験から、父はわたしに
ふたつのアドバイスをくれました。

ひとつは、
「うつは、合っていないことをしているという知らせ」

もうひとつは、
「うつは、もともとは身体から」

当時はよくわかりませんでしたが
いまは、父の言っていたことがよくわかります。

 

のちにわたしも
父の通った鍼灸院に通いました。

そこからすこし、
身体の感覚を取り戻します。

鍼を打たれている感覚、
身体があたたかくなる感覚、
鍼灸師の先生の顔、話した内容

記憶もあります。

しかし向精神薬を飲みながらの鍼灸治療、
父ほどには回復はしませんでした。

 

翌年わたしは、そんな状態でも大学進学をと
実家を離れ京都へいきました。

不安が増し、向精神薬の量が増え
心療内科から精神科への転院となり…

以前記した記事のとおり
「死への恐怖も薄く、生の実感も薄い世界」
へと入っていきました。

 

あのとき鍼灸治療で
身体の感覚を取り戻したことは
いまのわたしの「いのちの捉え方」に
とても大切な種となりました。

実はこの経験から
最初は鍼灸師になりたかったのです。

いろいろな理由で
いまはホメオパシーを学んでいますが

わたしはホメオパシーでも
徹底した身体へのアプローチを重視しています。

身体に触れる(触れてもらう)こと
身体を温める(温めてもらう)こと
身体に刺激を与える(与えてもらう)こと

医療、医療以外の区別なく
これらは「いのち」にもっとも大切な
アプローチであると思っています。

 

※追記:2017年現在
「うつは、もともとは身体から」の部分を
すべてのエネルギー不足(代謝の障害)から理解しています。

 

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