コンプレックスへの挑戦を決める

母とのそんな一ヶ月を過ごした後、
京都に戻ったわたしは
一進一退を繰り返しながら
前を向いて生き始めました。

少しずつ食事が摂れるようになり
少しずつ電車に乗れるようになり

多くの人の助けをいただきながら
命のモラトリアムとしての四年間を終え
無事に大学を卒業しました。

 

その後は、東京の実家へ戻り
小さなオフィスで働き始めました。

そこでわたしは
「いままで見たことのない生き方」を
目にします。

それは「名刺を必要としない生き方」でした。

もちろん名刺は持ってらしたのでしょう。

でも、出す必要がないのです。

顔を見れば、または名前を聞けば
すでにみんなが知っていたからです。

 

名刺も、物も、秘書もなく
一人でぷらっとタクシーでやってきても
本当に徳と能力のある方は、わかります。

完全に「身」に付いている魅力が
雰囲気として醸し出されるからです。

 

「わたしもあんな風になりたい」

 

そう思い立ったわたしは
そのオフィスを1年半で退職し、
1年のレッスン期間を経て
モデル事務所サトルジャパンと契約をしました。

 

どうしてモデルだったのか?

飛び抜けて
自分の容姿に自信があったから?

残念ながら、違います。

 

わたしには、容姿に対するコンプレックス、
そして、強い自己否定感がありました。

だってわたしには、白斑がある…

 

背が高くていいね、美人さんだねと
周りの人が褒めてくれても、
こころの中では、いつもこう思っていました。

「どうせ脚を見たら、気持ち悪いと言うんだろう」

小さい頃から、散々言われてきました。

嫌というほど、見られてきました。

そんな人々の態度に
大きな怒りを抱いていました。

だからどんなに素敵な言葉も
決して素直には受け取れませんでした。

 

でもそのオフィスで出会った方々は
そんな自己否定感など、
微塵も持っていないようでした。

 

例えチンチクリンの身体でも(すみません)
例えツルンツルンの頭でも(すみません!)

実に堂々としているのです。

そんな姿に、無言の力をもらって
わたしのコンプレックスへの挑戦が始まりました。

そうそう、
昨日メッセージに頂いたので付け加えると、

母はあの後、
わたしと同じくして立ち上がり
その後15年にわたって
ベビーシッターの仕事をしました。

子育てを、
やり直したかったのかもしれません。

 

わたしたちに失敗はつきものですが
いつでも、やり直しはきくものですね。

母はそれを、教えてくれました。

 

今日は端午の節句。

窓から見える家々に
「屋根より高い鯉のぼり~♫」が
たくさん見えます。

いい景色です。

今日は雨も含んだひんやりの空気。

夜は菖蒲湯にでも入って
温まりましょうか^^

今日も素敵ないい一日を♡

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モデル&自然療法家の菅原笑美子です

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